美しい貴亜さん?

  • 2008/09/30(火) 15:39:56

 舞曲砦に、やっと変化が訪れました。

桃の幼木
※画像をクリックすると、大きめの画像になります。

 これまで種を売ってくれるNPCが来てくれなかったので、何の作物もなかった片隅の畑だったのですが、やっと種を売ってるNPCとなったので、早速購入し、二種類の木を植えました。

 砦を買うために資金をつぎ込んじゃったので、屋敷などを買うこともできないのに、これまでそういう高額商品か、屋敷がないと置きづらい商品ばかりだったんですよね




 で、話題を変えまして、今日の本題……というほどのことはないのですが、小ネタをひとつ。

 涼州のNPCの中で、クエストを受けられるし、なかなか個性的な性格の方なのに、漢字の正確な読み方がわからない「烏魯貴亜」さん。

烏魯貴亜


 烏魯は、どうやら「ウル」と読むようです。

 というのも、新疆ウイグル自治区にある中国西部最大の都市ウルムチを漢字で書くと「烏魯木齊」市となるんですね。

烏魯木齊(ウルムチ)」は、現地(天山山脈北麓のジュンガル盆地東南縁)の言葉で美しい牧場を意味するとのことなので、烏魯貴亜さんは、美しい貴亜さんとなるのかな。

「貴亜」にも、現地の言葉での読み方と意味があるような気もしますが、わたしは、中国語に堪能なわけじゃないですし、もちろん中国西部の少数民族の言葉もまったくわからないので、残念ながらこれ以上は、わからないですね


 とりあえず、正式な呼び方がわかるまでは、ウルキアさんと(仮定で)呼ぶか、ウルちゃんという愛称を勝手につけて呼びますかね





09月30日のココロ日記(BlogPet)

  • 2008/09/30(火) 10:03:26

ココロ、海に行きたいです!深玲さん、つれてってください〜

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪





舞曲砦作成

  • 2008/09/28(日) 10:50:13

 舞曲砦を作成しました!

 誤字ではありません。

 部曲砦「舞曲砦を作りました

 部曲砦の名称が「舞曲砦」ということです

 砦の名称は、かなり悩みました。
「奏舞砦」「舞踏砦」「演舞砦」などなど。「とりで」も、塞(とりで)にしようかとか、城や庵、殿や御殿などもいいなーとか……。

 で、1時間程度、インターネット検索したり、いろいろ考えまして。

 最後は、「舞曲」という言葉の辞書的な意味が「舞踏のための楽曲。また、その形式をふまえた楽曲。」ということで、いちばん合っているな、と思ったことと、多少の遊び要素もあると思ったので、決定しました。


部曲砦


たーしぇ


練習用の植物



 で、わかったことがふたつ。

 前回の記事で、いろいろでわからなかった建設の条件が、実体験で判明しました〜。
 同時ログインは必要ではありませんでした。

 そして、もうひとつ。

 部曲の人数が5人を切ると、部曲砦から追い出されます


 知人のサブキャラを一時的に入れてもらって作ったのですが、人数が増えるまで、このまま入ってもらわないといけなくなりました


 これからも、ちゃんと部曲員募集を続けないといけませんね



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部曲砦購入の条件

  • 2008/09/26(金) 22:40:43

 部曲砦に関する情報が、いろいろ出てますが、導入条件に関して、情報が錯綜していて、購入するかどうか、非常に微妙な状況になってきています。

 問題は、この部分(公式のアップデート情報より)。

・部曲砦を実装しました。 部曲砦の作成および“部曲砦許可証”を発行の条件は以下の通りです。
 −キャラクターの役職が部曲長。
 −部曲資金が1,000以上。
 −製品版アカウントの部曲員(部曲長、副長を含む)が5キャラクター以上。



 この中の「5キャラクター以上」という条件に関して、ふたつの情報があるんです。


 ある情報では、これは同時接続人数ではなく、部曲長だけINしていればよいというものがあるのですが、また、徒党人数の5人が同時にログインしていないとだめという情報もあるんです。

 前者なら、一応、現状で買えるのですが、後者だと足りないんですね。


 この時期に、人数をそろえるのが難しいんですよねー……。

 部曲砦が買えないのに、10Mもの資金を投入するのも、痛い。


 条件が後者だと、一時的に入ってもらえる人を、人が多い時に募集したり、うちと同様に人数が揃わないで、買えないという部曲様と協力しあって、部曲に仮入部しながら、お互いに買うとかする必要があるかもしれません。


 とりあえず、後者だとすると、アップデートの情報が不十分すぎることに、不満です





大型アップデート―部曲砦と新客将

  • 2008/09/25(木) 17:55:55

 部曲砦の実装が行われ、また、同時に新客将に、いろんな方が実装されましたね。

●公式HP メンテナンス情報
2008.09.25クライアントパッチ内容 〔Ver.1.035 → 1.036〕
(http://www.gamecity.ne.jp/sol/news/body_0533.htm#533)


 まず、部曲砦は、気になる部曲資金の額が判明。

 部曲砦を建てるには、部曲資金1000必要で。
 部曲資金1は、10,000銭。

 つまり、10,000,000銭……通称でいうところの10M必要ってことですね


 うーん……、レベルキャップが解放されて以降、妖術系の新技能をいくつか買ったので、資金がありません。


 大きなつづらの交換で、屏風が出たのに、実装できる日は、数日かかりそうです



 で、わたしが注目するアップデート項目のひとつが、客将ですね。
 いまだ、わたしの部曲に招いたことはないのですが。

・新しい客将を追加しました。
 魏:卞妃、曹彰、曹熊、夏侯尚、夏侯徳
 呉:小喬、大喬、孫桓、駱統、陸績
 蜀:関興、張苞、呉班、趙累、陳式
 無所属:夢梅居士


 ぱっと見て、まずは、無所属の夢梅居士(むばいこじ)が、たぶん、わからない人が多いのかなと思います。

 これは、演技で登場する人物の道名で、コーエーのこれまでの三國志系のゲームでは、「婁圭」として登場する曹操配下の道士です。
 ただし、演技と史実では、書かれている内容がまったく違うという不思議な人物だったりします。

婁圭(ろうけい) ?-?
 道号を夢梅居士。字は、子伯。

 演技と、『三国志』魏書「武帝紀」の裴松之の註『曹瞞伝』に登場する話では、終南山に隠棲していた道士で、馬超と戦っていた曹操に、寒冷な気候を利用して、土を運んでそれに水をかけ、一夜凍らせて、氷の城を造るように進言したとされる。
 このとき、まったく贈物を受け取らずに立ち去ったという。

 史実では、荊州北境にいた衆徒のリーダー(群雄)のひとりとして登場する。
 配下になることを望まない王忠に撃ち破られ、その後、曹操の配下となった。
 曹操は、彼を大将とするが、軍を統率させず、常に会議に出させ、議論を行ったという。

 河北平定の後、曹操が子供たちを連れて外出した際、婁圭も随従する。
 このとき、「この家の父子(曹操親子)は、今日の様な楽しみを味わったことがあるのだろうか」といった。
 これを後で聞いた曹操は、自分に対する誹謗と判断し、婁圭を処刑してしまうのだった。



 史実と演技では、登場するタイミングが全く違うので、別人かもしれないと思うのですが。
 演技では、道士として登場するので(といっても、内容は、自然知識を用いた現実的なものですが)、こちらを創作上の人物だと考える方が自然だと思いますね(裴松之註は、後世に付け加えられた注釈で、史実で略された話や、民間伝承・逸話などを真偽の判断をせずに載せているもの。詳しくは……専門家に聞いてください)。

 ただし、三國志オンラインでは、夢梅居士として登場するだけに、演技のほうのイメージが強い気がしますが、はたして?



 その他は、呉に、孫堅の族子の兪河の子で、孫策に気に入られた孫桓(そんかん)に、諸葛亮に議論を挑んで一蹴された陸遜の同族の陸績とか、夷陵の戦いで陸遜に従軍したけど、演技では名前しか登場しなかった駱統(らくとう)とか居ますが……。

 要望があればご紹介しますが、まあ、人気のある人物じゃないですし、今回の記事では、スルーします





09月23日のココロ日記(BlogPet)

  • 2008/09/23(火) 08:02:10

はぅぅ、今日深玲さんの見てはいけないもの見ちゃったんです。許してくれるでしょうか……。

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪





対蜀戦ひとくぎり

  • 2008/09/21(日) 04:27:24

 公式の三国制覇戦 第一節終了に関するお知らせを見ると、「09月25日(木)定期メンテナンス終了後より「勢力を抜ける」ことが可能となります」とのことなので、25日から移籍解禁ということでokなんでしょうかね?

 そうなると、事実上、移籍が解禁されたら、新シーズンと考えられるので、呉にとって、この25日までの合戦が、現状のメンバーによる最終戦といってもいいと思います。

 
 徐々に、事前の打ち合わせに参加する方も少なくなり、戦略的な打ち合わせがどんどん疎かになっていて、移動解禁後、さらに、ばらばらになりそうな怖さもある呉ですが、新しい良い出会いもきっとあるはずと、前向きに考えていきたいですね。



 閑話休題。

 今回は、事実上の第1節イベント合戦対蜀最終戦(と、勝手に呼びます)で、唯一勝てた第3陣の分析を行ってみます。


 その前に、第1陣を軽く振り返ると。

 第1陣は、呉は、河畔・参、自城北側です。

 西側をまっすぐ橋を渡って、攻めていたら、もう一方を突破されて背後をつかれ、連鎖的に城まで崩壊して、後は包囲されてしまいました。

 力負けに見えますが、人数差があるのに、両方の戦線の戦略的・戦術的な連携や、一方が突破されたときの対策などがない、もしくは、あったとしても機能せずに負けた感じですね。

 包囲の後は、今のところ、特定の作戦があるわけでもないので、もう逆転は相手のミスがなければ、人数差の分だけ徐々に戦果差が開いていくという消耗戦で、敗北でした。


 第2陣は、人数差がダイレクトに響く形で、人数大差による城門突破で、第1陣終了より前に終わってました。

 時間差は、導入されたときはわかりませんでしたが、こうなってくると、少数の国に不利なシステムだと感じますね。
 戦略的に2陣に人数を振り分けられないからともいえるのですが、もし戦略的に2陣に多く人数を割いたとしても、人数が多い国は、それを見て、2陣開幕後にそのまま1陣を一気に落としていくのか、人数を大きく2陣に移動するのか、対応できることになります。

 コーエーがやらないといってたはずの、三国制覇途中での大きな仕様変更だったのですが、結局は、違いといえば、トータルの戦闘時間が長くなって疲れるようになっただけなのかもしれませんね。



 では、前置きが長くなりましたが、唯一勝利できた第3陣を、合戦激闘録を見ながら振り返ってみたいと思います。



 第3陣ですが、開幕15分前に、第1陣・第2陣ともに終了していたため、基本的に総力戦といっていい状況でした。

 事実上、呉は、打ち合わせらしい打ち合わせもなく、一部の部曲が侵攻ルートを発言しただけでしたのですが、南北にほとんど同数が侵攻していくように見えます。

 一方、蜀は、南に多くの人数をかけています。

 序盤、7分頃まで、蜀がリードしたのは、南ルートの戦果でしょうね。

 わたしは、坂上に櫓をひとつだけ造ってから南ルートを単身進みましたが、この頃は、単純な正面からの突撃というより、一方的に呉の先端が飲み込まれたように見えました。


 この後、蜀軍は、中央の橋(5-3:β)からその東の砦を中心とした一帯を基点として、北ルートか、βから南へのルートか、どちらかに突撃を繰り返すスタイルになっています。

 22分頃には、得点差は8000点。
 北ルートは、正面からの突撃をやりあうだけで、深い位置にある相手の基点が安泰のまま。
 消耗戦ですので、人数の多いほうが有利ですね。

 しかし、戦局は、蜀の動きによって変わります。


 蜀は、北ルートに戦力を集中してきましたね。

 どのような判断があったのかはわかりません。想像ですが、こちらの主力を北と見て、決着をつけようと考えたのでしょうか。

 南は、投石機や櫓を複数に組んで誘因陣地が形成され、それなりに対応する人数もいたので、確かに攻めてきたら、結構損害をあたえられる状況になっていたとは思います。


 ただ、この蜀側の選択によって、今回の逆転勝利が見えたのだと思います。

 時間をゆっくり進め、28分〜30分を見ると、多少見づらいですが、安全になったβ橋までのルートから、少数ですが、一部の連合がβから相手の基点付近を襲撃しています。


 たまたまなのか、部曲間での連絡があったのか、わたしにはわかりませんが、このとき蜀の主力部曲が半壊し、そこに北ルートの呉の集団突撃が行われました。


 わたしは、ソロ偵察ですが、この第3陣は防御で参加。
 味方の突撃が終わった頃に、前線に進んで、敵のカウンターに罵倒して、戦神で耐えつつ敵の基点まで突入。そのまま、可能なら、蘇生している練丹の詠唱妨害を行って、死亡。そのままそこで死亡報告というスタイルを行っていました。

 なので、この挟撃となった瞬間を、ほぼ特等席で見ることができましたんですよね


 合戦激闘録では、わかりにくいですが、この一部連合による突撃は、無防備な準備中の敵集団につっこんでいるため、しばらく生き残っているので、北ルートからの突撃が、綺麗な挟撃の形となりました。
 このとき、一時8000差だったのが、この短時間に2500差まで追いつきましたね。


 その後は、しばらく、ふたたび北ルートでの正面からの突撃しあいで、2000〜3000点差のまま推移。
 このあたりは、人数が少ないながらも、突撃を重視する連合を中心に、健闘といえる戦いだったと思います。

 戦略的にいうならば、南も警戒せざるを得ない蜀に比べて、背後を突かれる心配のほとんどない呉側が有利だったといえるかもしれません。

 しかし、のこり5分を切ったあたりで、ふたたび、局面が動きます。


 南ルートから、β橋と、さらにその南のγ橋から、少数の呉連合の攻撃がありました。

 それらを排除するため、蜀は人数を割いていますが、北ルートでは、ふたたびβ橋から襲撃した少数との挟撃状態が起こり、点差がほぼ並びます(蜀の突撃のタイミングが早かったため、1回目ほど綺麗な挟撃にはなりませんでした)。

 そして、最後は、時間切れ間際を計算した突撃が成功、得点を逆転したまま、時間切れとなり、逆転勝利となりました


 最後は、タイミングを見計らって、焦らずに突撃した北ルートの突撃も見事でしたし、その前のβ橋を襲撃した部曲も、さすがでした。

 単純な正面からの突撃だけだと、大人数に勝てないですが、このような動きが出来れば、人数差を覆して、勝利することもできるという、よい例だと思います。



 このような戦いを、今後できるようになっていけば、ふたたび呉が常勝とはいかないまでも、三国制覇を目指せるだけの強国になっていけるかもしれませんね





ニ喬登場!

  • 2008/09/18(木) 23:48:20

 9月25日の大型アップデートの新情報で、新たな情報が発表されました。
 三國志オンライン関連記事100件目は、この情報でお送りします


■大型アップデート【 涼州動乱 】「参・部曲砦」9月18日追加情報(http://www.gamecity.ne.jp/sol/developer/ryosyu/ryosyu3.htm#080918)


 ここで注目は、やっぱり部曲砦……ではなくて、わたしとしては、新しい客将ですね!


 呉では、ついに、大喬・小喬ニ喬が登場です。

 お姿は、真・三國無双シリーズのものではなかったのですが、武将以外、三国無双シリーズのモデルが使われないことは、甄姫で確認ずみのことだったため、わかっていたことといってもいいでしょう。

 彼女たちは、生没年不詳なので、三国成立期の年齢は、まったく不明なのですが、孫策も生きているので、そのあたりのつっこみはなしで。


 彼女たちの詳細は、実のところ、あまりわかっていません。

 たとえば、孫策には、孫紹という息子と、陸遜の妻となる娘など3人の娘が、史実に名前がありますが、大喬の子供かどうかは、わかりません(さらに、三国時代に孫晧に殺された孫奉は、孫紹の息子……つまり、大喬孫紹の母なら、孫奉は、孫ですね)。



 まあ……女性の年齢を追求してはいけません。ということで



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