塔のある風景-建業-

  • 2008/04/30(水) 09:19:48

 わたしのプレイが生産と合戦中心でプレイしていた影響で、最近の記事は、合戦のことばかりになっていたので、この辺で、スクリーンショット並べて、感覚で楽しめる記事を目指してみましょう。


 今日のスクリーンショットのテーマは、建業の塔のある風景です。

 各画像には、コメントを書きませんので、ゆっくりご覧ください。

 それぞれ画像をクリックすると大きな画像になります(ゲームのスクリーンショット(1600×900)を無圧縮でJPG形式にしたもののため、かなり大きいのでご注意ください)。

塔のある風景1


塔のある風景2


塔のある風景4


塔のある風景7


塔のある風景3


塔のある風景5





他国の合戦分析

  • 2008/04/29(火) 01:11:44

 前回、わたしが参戦した「廬山 淮河の戦い第1陣」は、なんとなく、呉の採った戦術にいろいろ問題があって、得点差で負けてしまいました。

 序盤から中盤の時点での対応を間違えたことがその原因。

 翌日行われた蜀と魏の合戦「廬山 丹水の戦い第1陣」を「合戦激闘録」で確認すると、魏は、同様の戦術に対して、蜀が的確に対応して戦果をリードして中盤を迎えています。


 見るべきは、1分から5分までの動きです。

 5分のところまで連続で見てもらって解説しますと、魏の一団が南ルートから、敵城の西を通過し、北ルートから自城までもどっていきます。

 5分の場面で、注目は、その動きに対応した蜀の一部が6-3の橋から、撤退していく蜀の一軍を横撃しているところです。
 大軍ですが、撤退中なので、進行方向は全体的に東を向いているため、横からの一撃には対応しきれません。5分の時点では少数の橋側の蜀PCですが、続々と後続が続いており、一気にここで1000以上の戦果を稼いで逆転しています。



 一方、こちらが敗北した「廬山 淮河の戦い第1陣」です。


 魏の動きは、「廬山 丹水の戦い第1陣」と同様ですね。

 ただし、対応する側が、魏と呉で、まるで違います。

 6分まで見ていくと、移動している敵を後から追っていく一団がいますが、北に抜けていく一団を止めて包囲したり、移動する敵を横から攻撃するような動きがまったくありません。

 さらに、12分まで見ていくと、いったん城に戻った魏が、ふたたび同じ戦術で来たにもかかわらず、呉側も包囲したり、横撃したりする動きはなく、後手にまわってしまっている感じです。


 その後も反省点の多い戦いでしたが、あと少しのところまで戦果が狭まった時点で終了となりました。



 以下、中盤以降の問題点および自分の反省点です。



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04月28日のココロ日記(BlogPet)

  • 2008/04/28(月) 08:18:57

TVの占いで、今日は将軍に気をつけた方がいいって言ってました……

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪





合戦激闘録

  • 2008/04/25(金) 22:06:27

 合戦前に廬山サーバーが落ちてしまったので、その間に、正式に公開された合戦激闘録を、ブログにも貼れる優秀なものなので、貼ってみましょう。

 とりあえず、前回の記事で、書いてある4月23日の対魏戦を。そのままではなく、実験的に、ブログの記事の横サイズに調整してます。


 中身は、捨て陣だったので、特別、見るべきものは、ありませんが


 画像をクリックしてドラッグすると表示位置が調整できます。
 拡大していくと、投石機や櫓の位置がわかるので、拡大してから、みたい場所をドラッグで画像位置を調整すると見やすいとおもいますよ。



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本日のアップデート

  • 2008/04/24(木) 08:05:39

 4月のアップデートページが更新され、本日のアップデート内容が具体的にいろいろ公開されました。


合戦新仕様(報奨品、新マップ、戦況表示)
http://www.gamecity.ne.jp/sol/developer/updatenews_080328.htm



 新しく更新された情報を、ひとつひとつ見ていきますと。

新たな報奨品“正装”と“礼服”が登場

 正装と礼服の男女グラフィックがそれぞれ確認できますね。

 礼服・女性用は、いわゆるチャイナドレス。腰までのスリットや高い襟などが特徴的で、このようなドレス仕立てに作られたのは、20世紀になってから。

 由来は、中国北東部に住む満族という民族の女性用騎乗服(狩猟服)。
 でも、騎乗服として作られたのも、三国時代よりずっと後の、清時代なんですよね。

 まあ、その原型が三国時代になかったとは、いいきれないので……

 とりあえず、時代考証とか無視でいいので、欲しいです



武器・防具を強化できる新たな霊玉が登場

 登場すると予想されつつも、今まで、生産時に無駄に等級を上げる効果しかなかった武器と防具の加工回数に、利用価値が産まれますね。

 竹簡は、フィールドやダンジョンの敵からということで、レアかもしれません。

 もし竹簡が手に入りにくかったら、霊玉自体が相当高価になりそうですね。

 画像にある「命中の火霊玉」は、命中+25となかなかの付与効果ですし……。



3勢力にそれぞれ新たな客将が出陣!

 魏に甄姫、呉に賀斉、蜀に黄月英です。

 呉だけ女性じゃないのは、武将として孫尚香さまがいるから、そのバランスなんでしょうね。

 甄姫も黄月英も、真・三國無双シリーズとは異なるグラフィックのようです。客将なので、派手なグラフィックではなくしたのでしょうかね。
 真・三國無双シリーズの甄姫とか、なかなか美人でしたのに。



 呉の賀斉は、解説されているとおり、正史のみに登場するため、わたしもほとんど知らない武将でした(コーエーの三國志シリーズで出てきたような記憶があるんですけど、特に調べたことは、ありませんでしたね)。


 賀斉は、わたしのもっている『三国志人物辞典(渡辺精一著、講談社)』、『三国志 人物辞典(Truth in Fantasy) (小出文彦著、新紀元社)』では掲載されていない(どちらも演技の人物を中心にした辞典なので、正史のみの彼は載っていませんでした)ので、ネットでいろいろ調べてみました。


 賀斉(がせい、? - 227年)

 正史には、「呉書 賀全呂周鍾離伝第十五 賀斉伝」があるように、やはりひとかどの武将のようです。

 元々の会稽の役人で、孫策が会稽太守となったときから呉に仕え、主に山越など異民族の討伐や反乱鎮圧などで戦功を挙げています。
 永寧県の長官、南部都尉となり、孫権の代となってからも、反乱平定に貢献、偏将軍、奮武将軍など任官しました。
 215年の合肥の戦いでは、三千人の兵を率いて渡し場の南に布陣し、後詰めを務め、張遼の急襲を受け、退却してきた孫権を乗船に迎え入れています。

 賀斉は、豪奢できらびやかなことを好み、武器甲冑などは精巧で上等、乗船には、彫刻に色を塗り、透かし彫りで飾り、盾や矛には花文様を彩り鮮やかに画き、弓や矢にはすべて最高の材質のものを用い、蒙衝や戦艦には、遠くから見やるとあたかも山のようであったとされています。
 それを見た曹休は、その威容におそれをなして、軍を引き返したそうです。


 詳しくは、調べたサイトの中で、一番参考になったサイトをどうぞ。
 リンクフリーとのことなので、載せちゃいます。
 正史なので、かなり難解だけど

・参考サイト
夷陵賓館
http://hb5.seikyou.ne.jp/home/misemise/menu.htm


夷陵賓館「呉書 賀全呂周鍾離伝第十五 賀斉伝」
http://hb5.seikyou.ne.jp/home/misemise/7f/san.shickai.gasei.htm




幅広いレベル帯に向けた“投石車”軍略を追加

 5人徒党用の軍略シナリオが4つ追加だそうです。
 賊の大軍を投石車で撃滅したり、投石車を破壊しに来る賊を迎え撃つんですね。

 レベル帯が広いということだから、やってみたいですね。



最も劣勢な勢力への移籍が可能に!

 三国制覇中でも、移籍可能になるわけですね。廬山では、魏になるわけですか。
 仕組みはよくわかりませんが、無所属になれたあと、魏でのみ再仕官できるってことでしょうね?

 不公平さとかの問題は、現状の魏との合戦を見る限り、救済策があってしかるべきだと思うので、他勢力の不満は少ないかな?

 勝っている陣営は、人材が流出しないように気をつける必要がありそうですね。



 追記に、昨日の合戦模様を……ちょっとだけ記載。



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04月21日のココロ日記(BlogPet)

  • 2008/04/21(月) 08:41:35

低い無視にはする本能があるそうです。教科書に書いてありました。

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪





一進一退

  • 2008/04/20(日) 03:49:49

一進一退の攻防は、おもしろい

 昨日、4月19日の、わたしが参加した第3陣甘寧馬超は、まさしく、そんなおもしろい一進一退の攻防が楽しめた合戦でした。

 第3陣には、廬山蜀軍の精鋭部曲が来ており、人数も開始時に、敵軍は、開始時最大数300人に対し、こちらは200人余と劣勢。

 しかし、寡兵のときこそ、呉の真価が発揮されるようで、無駄に攻めず、まとまって行動し、序盤から一進一退の攻防となりました。

河畔マップ4月19日合戦中

 これは、合戦中のマップです。南東が呉で、北が蜀でした。

 今回もソロスタイルのわたしは、敵軍に某緑帽の部曲がいて、人数比も劣勢だとわかったので、個人戦績にこだわらず、伝令と防衛ラインの構築に奔走することにしました。

 北側の、特に8-4より北東一帯は、攻め込んでも背後を突かれて攻撃されることも多いですし、前線が維持できる可能性は、低いです。
 それに、敵軍の祝福込みの突撃は、かなりの威力なので、防衛ラインは、川になるでしょうから、7-5の橋と10-6の橋の後ろを行ったり来たりしてましたね。
 わたしは、橋の両サイド、やや引いた位置に櫓を作り、さらに突破された後の足止めに、たくさんの竹罠を作ってましたよ。

 さらに、今回は、戦前の事前の呼びかけで、砦を最初からは、作らない方針だったので、櫓をいっぱい作れましたね。


 でも、やっぱり蜀軍の突撃は、強力です。
 何度も、防衛ラインを突破され、殺されたり、城まで撤退したりしました。戦果も突撃のたびに数千稼がれて、リードされることも度々です。

 しかし、敵軍の位置を死体となっても前線から報告してくれる方が多数いるため、後方の敵軍の動きがかなり伝わってきており、攻め込んできた敵軍の背後を突いたり、橋などでの挟撃殲滅などで、戦果を稼ぎ、戦果も一進一退でしたね。


 その戦果も、何度目かのカウンターによって、戦果3000ほどリードした時、残り時間が10分を切ります。
 このとき、呉の前線は川を渡っていたのですが、わたしは、やっぱり、橋より先に進まず、蜀軍のカウンターが必ずあると思って、10-6の橋の付近に櫓を組み、竹罠を設置していました。

 時間が残り6分ほどになると、全軍城まで引くことになったため、さらにカウンターのルートになるだろう場所に竹罠をばらまきつつ、ゆっくり撤退。
 やっぱり全軍引いているので、蜀軍PCの姿が後方に迫っていましたが、城ぎりぎりまで竹罠をばらまき、ちょうど城の東門に入ったところでタイムオーバーとなりました。

4月19日合戦個人戦績

 防衛ライン構築で、敵が突入してきても、ほとんどの場合、建設しつづけていたので、やっぱり今回、最初から最後まで居たにしては、個人戦績がふるいませんね。
 主に戦闘したのは、カウンターで城から撃って出るときと、敵軍PCが石材採取場所にひとりいたのを倒す時ぐらい。

 これまでのパターンでも、こういう建設中心だと、獲得点数が伸びないことは、わかっていましたが、数字以上に貢献したと……思いたいですね


 終盤には、他の合戦場からの援軍で、いつの間にか、両軍限界の500人になっていました。後で確認したところ、他の合戦場は、両方とも城門突破で、1勝1敗。この合戦の勝敗が全体の勝敗になったようです。



 続きに、合戦後、初めて合戦の報奨値の交換で手に入れた『呉軍華髪飾り』の画像を載せますね。



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孫尚香vs孫権(?)

  • 2008/04/19(土) 11:51:10

 たぶん、次の記事は、合戦のことを書いて長くなるので、今回は、小ネタで短くいきます。


 武将との会話では、町で話すと、友好度の上下する会話イベントが発生することがありますね。

 まだまだ、その法則は、わからないですが。



 孫尚香さまとの会話で、友好度がさがっちゃった会話の時の話。

孫尚香vs孫権
※画像をクリックすると、大きめの画像になります。

 呉の君主孫権孫尚香さまの力関係は、どうやら孫尚香さまの方が上らしいです

 孫尚香さまが悔しがるほどの「使えない技」とは、いったい何なんでしょうね?