03月31日のココロ日記(BlogPet)

  • 2008/03/31(月) 08:29:40

最近、となり町にスクリーンカフェができたらしいです。かわいいスクリーンがお出迎えだそうです。

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪





最新開発情報の一例って廬山だね

  • 2008/03/28(金) 17:48:19

 公式に『「最新開発情報」更新、“合戦新仕様”を掲載』が発表されました。


 今月号のログインに掲載された峡谷のマップなども載っていたので、見ていない方は必見ですね。

 で、注目は、これ。
・“合戦激闘録”の一例
 2008年3月8日(土) 蜀 対 呉 第2陣(関羽 対 孫尚香)



 サーバー名が書いてありませんが、よく流れを見ると、これ、思いっきり廬山ですよ

 わたしは、孫尚香軍団として参戦していて、全体の動きや自分の動きもしっかりわかったので、間違いないですね。

 詳細は、この記事ですが。


 下のバーで、1分ごとに全体の動きがわかるので、順を追って見ていくとわかりやすいですね。

開始3分:6−3橋から5−5砦へ回った味方が、敵軍を見事に包囲殲滅しています。

7分:北ルートの敵軍が味方城に到着。報告を受けた南ルートの部曲の一部が6−3橋から、背後を突きにまわっています。

〜15分:しかし、敵城までいったままだった味方部隊が全滅していたり、包囲殲滅しきれなかったりしているので、五分五分の戦況。 

10分:6−3橋西にひとりぽつんといるのが私(笑)
11分:ひとりで、そこに櫓をつくっていたのが完成しました(これでこのマップが間違いなく廬山であり、この点が自分だというのがわかるんですよね)。しばらくの間、この櫓の南にいて、弓兵に足止めされた敵PCを攻撃してましたよ。

20分前後:7−4橋での戦いに私は参戦中。一進一退の攻防でしたね。

31分:投石機などの支援を受けて、5−5砦まで侵攻。ここで、5−5砦の西側に櫓ができますが、作り始めたのは、やっぱり私だったりします 4〜5人の支援があり、すばやく建設できました。

33分〜:しかし、2方向から攻められることもあって、徐々に撤退。わたしは、撤退指示にしたがって、7−4橋の北までもどってます。

36分〜:ここからが注目。橋のところで防衛していたら、やはり6−3橋から回ってきた味方軍が、蜀軍の背後を突き、見事に挟撃成功。そのまま城までの間で、敵を殲滅し、一気に戦果を稼ぎました。



 うーん、前回の記事だけじゃ、伝わりにくかったことも、これを見ながらだとよく伝えられそうです



 この新コンテンツは、期待大ですね〜





26〜35軍略卒業

  • 2008/03/25(火) 21:28:29

 やっと、深玲がやっていない投射以外の戦闘能力系技能が、すべて36以上となり、無事に35以下軍略を卒業することになりました


 このレベルまで、ほとんどの経験値を軍略で獲得しましたので、それだけに、この軍略がもうこのキャラでは、できなくなるのが、多少寂しい気分です(ペナルティ無視でやればできないこともないですが)。


 これもすべて、これまで、一緒に軍略を組んでくれた呉の皆様のおかげですね。
 ありがとうございました




 合戦記事が長かったし、今日は、これで終わっておきますね





03月24日のココロ日記(BlogPet)

  • 2008/03/24(月) 08:52:43

明日のお弁当は手ごね指標でいいですか?あっ、答えは聞いてませんよ!

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三国制覇前、最後の合戦

  • 2008/03/24(月) 02:55:09

 昨日の3月23日、三国制覇開始前では、最後となる合戦(対蜀戦)がありました。

 私が参戦したのは、第3陣の甘寧諸葛亮です。

甘寧合戦前

 甘寧は、このようにいっていますが、今回は、開戦前から、蜀側の軍団値が見たことがない状況だったため、どういう展開になるか予測しきれませんでした。

 諸葛亮軍団の軍団値は、なんと「兵力Lv0、兵糧Lv0、資材Lv10、技術Lv10」と、資材だけを上げてくるという特殊なもの。

 もちろん、客将がほしいために、生産品を大量納入したということもあると思いますが、何らかの意図があるように感じられました。


 で、軍団値の資材レベルが関係してくるのは、「初期資材が増加」と「城門の強度」です。

 これを蜀が作戦に利用してくるとして、考えられる策は、ふたつあります。

 ひとつは、豊富な資材を使って、いきなり前線で砦の建設をめざし、そこで兵器をたくさんつくる作戦。
 そして、もうひとつは、堅い城門を活かして、城前まで引いて、敵軍(この場合、こちらの呉軍ですが)を誘因して、包囲殲滅を狙う作戦でしょう。


河畔map合戦終了時

 これは、合戦終了直後のマップです(わたしが使っていたマップなので、下が切れてますが、問題ないでしょう。また、呉で配布されている共同作戦地図ではなく、わたしが以前から作成しているマップです)。

 砦を示す四角が3カ所あり、そのすべてが赤で、呉の砦になっていますが、開戦時には、なんと蜀が、8−2と6−5のふたつの砦の建設を、ほぼ同時に開始したんですよね。


 順を追って解説してみましょう。

 まず、蜀は、開始早々、8−2に砦を作り始めました(呉もほぼ開始時点から、4−6の砦の建設を開始)。
 通常は、直接戦闘への影響が少なく、あまり意味のない砦となる上に、通常の資材レベルでは、建設用の資材が足りなくなって他の砦が作れなくなるため、この後方に位置する砦を作るのは、作戦の失敗ともいえるのですが、今回は、誘因作戦とも考えられたので、私は、最初、その作戦用の砦かと思いました。

 しかし、続いて蜀は、6−5の砦も作り始めたので、先に挙げたどちらの作戦か、よくわからなくなりました。
 砦をふたつ作れば、さすがにその後の兵器大量投入などは、しばらく無理でしょうし、後方の砦は、十分に城前まで誘因してこそ意味があるので、前線の砦で戦うなら、ほぼ無用となります。


 この時点で、蜀軍は、無駄にしたと思われる資材と、呉と同レベルの技術以外の軍団値がLv0ですので、他の軍団値が多少上回っている呉側が有利になり始めたといえるかもしれません(人数は、呉約250:蜀約310なので、まだ不利でしたが)。



 当初は、5−5の橋での攻防戦で、こちらが押し込まれます。
 4−6の砦は、橋を越えられてしまうと、扉が橋の方に向いており、かなり守りにくい砦のため、やはり一気に扉を破られ、奪い取られてしまいました。

 私も橋の防衛に立っていたのですが、倒されてしまい、城で復活するまで、約2分少々、横たわることになります


 復活後、城の北側で投石機を作成。東門を攻める蜀PCに、城壁の角から、投石をして防衛していました。

 ただ、一度戦線が崩壊している分、だいたい戦果1000対2000ぐらいと、負けていましたね。

 しかし、今回は、あらかじめ、敵の誘因があるかもしれないことと、城門が堅いことが予想されていたこともあり、「他の戦線が崩壊したときは、退けるときに退く」ということが話し合われていたため、前線からの援軍も早く、城門前の敵を押し返し、4−6の砦を奪い返すことに成功します。

 わたしも、5−5の橋まで投石機を進めると、押し返してきた蜀軍と、橋を挟んでの攻防となりました。
 投石機が半分壊されつつも、他の方々といっしょにぎりぎりの防衛をしていたのですが、そこに、4−4方面から味方が蜀軍を横から打ち破り、一気に、6−5の砦も奪い取ることに成功しましたね。

 この段階で、戦果は、逆転しています(具体的な数値は、忘れました)。



 この後、わたしは、投石機を押し進め、3−4まで行くのですが、そこで、敵軍総大将諸葛亮が突如投石機の横に現れ、あっというまに破壊されてしまいました。

 わたしは、何とか殺されずにすんだので、その後、前線の部隊の後方を駆け回り、敵の警戒をしています。


 結局、蜀軍は、背後に回る敵部隊もなく、誘因作戦らしい戦術もなかったため、慎重に押し進めていた呉軍が、城を包囲。城門が堅いことがわかっているので、無理に通常攻撃せずに、囲んで、出てくる蜀PCを倒していくという、単純な作戦でした。
 そのまま、どんどん戦果が開いていき、タイムオーバーで呉の勝利となりましたね。


 わたしは、戦果が大差となってからは、前線に行き、城の包囲に参加して、蜀PCを攻撃して、少しだけ個人戦績を稼ぎ、時間終了を迎えました。



3月23日合戦個人戦績

 今回、個人戦績は、あまりふるいませんでしたが、防衛時から個人戦績にならない投石機搭乗でしたし、中盤も前線の背後を敵軍が来ないかと、竹罠作りながらの伝令を行っていたので、この順位も順当ですね。

 こういう作業をするPCも必要だと思っているので、ソロ活動メインの道を選んでいるわけですが。

 状況が変われば、個人戦績にこだわりつつ、合戦に貢献できる時もあると思いますので、そのときは、目標の「個人戦績順位10位以内」を目指そうと思います。



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合戦順位2位。だけど……

  • 2008/03/22(土) 23:02:55

 本日行われた対魏の合戦で、目標だった「ソロプレイで、個人合戦順位10位以内」を達成しました。

 なんと、合戦順位は、2位という快挙



合戦2008年3月22日個人戦績




 でも、まったくうれしくありません……。

 画像を見るとわかりますが、PC数……魏の夏侯惇軍団は、たった6人……。

 どうやら第2陣を捨てて、1陣と3陣に絞ってきた模様です。

 砦を作って、衝車を作って、それで、あと適当に櫓とか作ってました。

 それだけの得点です。


 ……今回は、なかったことにして、次以降の合戦で10位以内を改めて目指します





都市伝説ではなかった

  • 2008/03/22(土) 14:05:21

「竹簡から自動技能が出るなんて、都市伝説だよ」

 フレンドの誰かさんが、このようにいっていた気がします。


 まあ、それほど確率が低いわけですが。




迅速出現




 都市伝説じゃなかったようです。



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イベント合戦と敗北

  • 2008/03/17(月) 14:11:25

 三國志オンラインの元々の予定では、2週間、合戦がないことになっていましたが、急遽、この土日にイベント合戦が行われることになりました。


 まあ、それはいいんですけどね。

 ちょっと前に、わたしが出した要望をコピペ(わたしは、要望などを公式に送るときには、テキストファイルでつくって、それをコピペして、送っています)。


 現在、4月から始まる三国制覇に関係する合戦を「公式戦」、それ以外を「イベント合戦」と三onブログでかかれていますが、この名称をもっと三國志あった名称に変更してほしいです。
 例えば、公式戦は、「攻略戦」とか「攻城戦」、場所によっては「奪還戦」など。三国制覇に関係しない戦いは、「前哨戦」とか「遭遇戦」など、といった感じがいいのではないでしょうか?
 ご検討くださいますようお願いします。



 そのときのままなので、三onブログで書かれていた時点での要望でした。

 
 とりあえず、イベント合戦とか、公式戦とか、雰囲気を無視した名称なのが、不満なんですよね。
 私が例としてあげている名称である必要はないのですが、何かスポーツでもしているかのような、今の名称は、とりあえず、やめてほしいんですよねー。




 話題がそれました。
 さて、本題は、ここから。


 呉では、土曜に、魏戦。日曜に蜀戦があり、蜀戦では、1勝2敗で、正式後初の敗北となってしまいました


 まず、魏戦から。

 わたしが参戦したのは、第2陣の太史慈夏侯惇で、草原マップの東側でした。

 前も書きましたが、草原マップは、東側が有利なので、前回同様、6−3の橋から、5−5砦付近を襲撃して、南の敵軍を分断する作戦を実行しました。
 南側の戦線で有利に立って、そのまま、押し込んでいき、最後は衝車をもってきて、城門突破で勝利しましたね。

 そのまま、第1陣への援軍に最後10分弱参加して、そのまま3陣全勝できました。


 一方、問題の蜀戦ですが、参戦したのは、孫尚香配下部曲のわたしは、もちろん孫尚香さまの出る第1陣、孫尚香趙雲でした。

 開始前から、趙雲は、配下部曲に蜀軍の主力ともいえる有力部曲がいくつかあり、非常に強いことがわかっていました。

 参戦する客将は、少ないものの、開始前から、注意を呼びかけておきました。

 さらに、今回は、草原マップの西側で、普通に攻めると、不利になる危険なマップ。
 とりあえず、5−5砦から作り始めると危険なので、その砦の建設を控えるように呼びかけておいてから、スタート直後ダッシュで走り、6−3の橋を望む、5−3砦の建設から開始しました。


 しかし、やっぱりあの緑軍帽の部曲は、当初から6−3の橋を襲撃(防御陣を敷いていたのですけどねー)、さらに5−5砦へと一気に走っていきます。

 もし5−5砦を作って、さらにまっすぐ南ルートを進軍していたら、この時点で挟撃されて大きな戦果差になっていたと思います。

 幸いにも、みなさんの対応が素早く、さらに不用意に進まなかったので、5−5砦より手前で防衛し、戦果差がつかない状態でしばらく推移します。

 一部が城まで来ましたが、蜀が5−5の砦建設を開始してくれたので、これを囲んで壊し、資材を無駄遣いさせられました。本当に、ここの砦は、守りにくく、潰しやすいんですよね。


 その後、今度は、北の7−2から東の広い場所で、いくつかの戦闘が発生します。
 ここは、狭い橋か北のルートから、広い場所に出る形になるため、自然と半包囲される形になっていて、まとまった進軍をしないと、横からの攻撃を受けて、倒されてしまうような地形なんですよね。

 広場まで進出した呉軍でしたが、たぶん動きの早さでは、廬山サーバー一番と思われる緑軍帽の部曲はじめ、主力級の蜀部曲の半包囲と突入を受けて、戦線が徐々に崩壊し、約3000ほどの戦果差となりました。


 そこから、約1500程度まで縮めたり、また、ふたたび3000まで開いたりと、実際のところ互角の戦いだったと思うのですが、最後まで逆転するには、時間が足りず、戦果差で敗北してしまいました

2008/3/16合戦結果


 やっぱり、建設での点数は、低くなっている感じです。
 敗北したのと、ソロプレイで建設中心で動いていたのが響いて、この点数・順位でした。



 最後に、魏戦の前に行った、峨眉山手前の雪山のスクリーンショットを掲載。

峨眉山手前ロード
※クリックすると大きめの画像になります。

 峨眉山は、まだ実装されていないダンジョンですね。プライベートダンジョンかな?

 馬屋があり、登録しておきたかったので、徒党を組み益州などで狩りをした際、その徒党が解散した後、ひとりで行ってみました。
 手前の道は、長い上に狭く、40レベル以上の敵がうようよいて、ソロでは、殴られながら一気に走り抜けていくことになる危険な場所でしたよ。

 でも、雪山がなんとも綺麗な風景で、いくつかスクリーンショットを撮りつつ走ってみました。他の画像は、またホームページのほうにでも、公開する機会もあると思います。